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大阪高等裁判所 平成8年(行コ)8号 判決 1997年5月28日

控訴人(原告) マヒュー・トーマス

被控訴人(被告) 大阪税関関西空港税関支署長

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人(当時は大阪税関伊丹空港税関支署長)が平成五年八月二三日付けで控訴人に対してした控訴人の輸入申告に係る別紙物件目録記載一ないし三の物件に対する積戻し命令を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要」(原判決二枚目表四行目から四枚目表九行目まで〔知裁集二八巻一号三九頁、四行目から四一頁三行目まで〕)記載のとおりであるから、ここに引用する。

一  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と各訂正する。

二  三枚目表二行目〔同上、三九頁一八行目〕「依拠して」から五行目〔同上、四〇頁二行目〕「すぎない。」までを「依拠して製作したものであることは、本件各絵画に本件原画の著作者の署名も存在していることから明らかであり、本件各絵画は、その構図及び筆致が本件各原画に酷似していて、相当注意深く丹念に観察しない限り、両者の細部にある若干の相違や色調の差異を発見することは困難であって、本件各絵画から本件各原画の内容及び形式を容易に覚知することが可能であるから、本件各絵画が本件各原画の複製物であるということができる。」と訂正する。

三  三枚目裏二行目〔同上、同頁八行目〕「引用して利用する側の著作物」の次に「(エルミア・ド・ホーリィによる加筆修正部分)」を、同二行目から三行目にかけて〔同上、同頁同行〕「引用されて利用される側の著作物」の次に「(本件各原画)」を各付加する。

四  三枚目裏八行目から四枚目表一行目まで〔同上、同頁一二行目から一五行目まで〕を次のとおり訂正する。

「(一)(1)  複製物という以上は、主観的にも客観的にも原著作物に似るように製作されていることが当然の前提とされるところ、本件各絵画と本件各原画との間には一見して明らかな相違点があり、これらの相違点は、エルミア・ド・ホーリィが作為的に盛り込んだものであり、エルミア・ド・ホーリィは、原画に似せることを主眼としておらず、同人自身の作品として流通させる目的で本件各絵画を描いたものである。

具体的には、本件原画<1>は、肝心の色彩が不明であり、モノクロの原画にカラーの複製物が作られるはずがないので、少なくとも本件絵画<1>が本件原画<1>の複製物であるとはいえない。次に、本件絵画<2>には本件原画<2>にない人物が描き込まれ、作品のイメージを大きく変えており、本件絵画<2>が本件原画<2>の複製物であるとはいえない。次に、本件絵画<3>と本件原画<3>とでは、モチーフが女性の顔であるという共通点はみられるものの、色、構図は大きく異なり、一見して明らかに別の作品となっており、本件絵画<3>が本件原画<3>の複製物とはいえない。

本件各絵画には、本件各原画の著作者の署名も存在するが、絵画の場合は、絵画の中身が問題となるのであり、署名によってその価値が左右されることはない。特に、本件各原画のような名画の場合、署名によって購入者や鑑賞者が絵画を判断する傾向はない。本件各絵画は、エルミア・ド・ホーリィの作品として流通されるのであり、画面の裏側にはその旨の記載もあり、本件各原画の著作者の署名が存在することによって本件各原画との混同を生じるおそれなど全くなく、このような署名の存在は、本件各絵画が本件各原画の複製物であるか否かを判断する上で決定的な意味を持たないというべきである。

(2)  また、本件各絵画は、本件各原画の持つイメージ、雰囲気を全く別に作り変えており、本件各原画の二次的著作物にも当たらないというべきである。

具体的には、本件原画<1>は、色彩が不明であり、イメージも構図も不明瞭であるのに対し、本件絵画<1>は、鮮やかな色彩と人物の表情が明らかであり、本件絵画<1>は、本件原画<1>の二次的著作物にも当たらないというべきである。本件絵画<2>は、本件原画<2>にない人物を描き込むことによって原著作物のパロディー効果をねらった意図が窺われる以上、本件絵画<2>は、本件原画<2>の二次的著作物にも当たらないというべきである。本件絵画<3>は、本件原画<3>とは色彩やイメージが違っているところ、人の顔を題材とした以上ある程度似ることは不可避であり、この両絵画程度の相似を問題とするならば、画家は今後一切女性の顔を描けなくなるというほかないのであって、本件絵画<3>は、本件原画<3>の二次的著作物にも当たらないというべきである。」

五  四枚目表九行目〔同上、四一頁三行目〕と一〇行目〔同上、同頁四行目〕の間に次のとおり付加する。

「(三) 本件各絵画が出回ることで本件各原画の評判が高まり、その価値が上がることはあっても下がることはないし、本件各絵画のように本件各原画と似ていないものを本件各原画の複製物として購入することも考えられず、本件各絵画が本件各原画の著作者の権利を侵害するものということはできない。

このような絵画を取締りの対象とすることは、著作権法の目的に反するものであり、鑑賞者の判断、市場の評価によって淘汰、選別されるべきものである。」

第三証拠<省略>

第四争点に対する判断

一  当裁判所も控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第三 争点に対する判断」(原判決四枚目表末行から九枚目表六行目まで〔同上、四一頁五行目から四五頁九行目まで〕)記載のとおりであるから、ここに引用する。

1  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と各訂正する。

2  六枚目表四行目〔同上、四二頁一四行目〕「窓の数」の次に「、中央の道の角度、左下の草原の描き方、家や空の色の厚み」を、同末行〔同上、四三頁一行目〕「本件原画<3>は、」の次に「リトグラフであり、」を、同裏二行目〔同上、同頁二行目〕「本件絵画<3>は、」の次に「油彩であり、」を各付加する。

3  六枚目裏一〇行目から七枚目表八行目まで〔同上、同頁九行目から一五行目まで〕を次のとおり訂正する。

「5 本件各原画の著作権の管理者は、ベルヌ条約加盟国であるフランスの法令に基づいて設立された法人であるADAGP協会(本件原画<1>及び<2>)又はSPADEM協会(本件原画<1>及び<3>)であり、フランスにおいても、著作権の存続期間は、日本の著作権法と同じく著作者の死後五〇年とされている。連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律四条一項の規定により、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約第五号)二五条所定の連合国及び連合国民(連合国の法令に基づいて設立された法人を含む。)が昭和一六年一二月七日に有していた著作権の存続期間については、原則的存続期間に昭和一六年一二月八日から右平和条約の発効の日(昭和二七年四月二八日)の前日までの期間(具体的には三七九四日)が加算されることになっており、フランスは、右条約二五条所定の連合国である。本件原画<1>の著作者であるボナールは一九四七年一月二三日に、本件原画<2>の著作者であるブラマンクは一九五八年一〇月一一日に、本件原画<3>の著作者であるピカソは一九七三年四月八日にそれぞれ死亡しており、本件原画<1>は、昭和一六年一二月七日までに著作されているので、その著作権の存続期間はボナールの死後五〇年に三七九四日が加算される。」

4  七枚目裏一行目〔同上、同頁一八行目〕「色調」の次に「(ただし、被控訴人の徹底的な調査にもかかわらず、本件原画<1>の色調は不明であるが、この点は、本件絵画<1>が本件原画<1>の複製物ないし二次的著作物であるとの判断を左右するものではないというべきである。)」を、同三行目〔同上、四四頁一行目〕「本件各絵画が」の次に「単に本件各原画の画風を模倣したものではなく、」を各付加する。

5  七枚目裏七行目〔同上、同頁四行目〕「相当注意深く」から八枚目表一〇行目〔同上、同頁一三行目〕末尾までを次のとおり訂正する。

「本件各絵画から本件各原画における表現形式上の本質的な特徴自体を直接感得することは十分に可能というべきであり、本件各絵画は、本件各原画の複製物ないし二次的著作物に該当すると解するのが相当である。なお、本件原画<3>はリトグラフ、本件絵画<3>は油彩という相違点も認められるものの、これは、技法の相違に過ぎず、本件絵画<3>が本件原画<3>の複製物ないし二次的著作物であるとの判断を左右するものではないというべきである。

もっとも、控訴人は、本件各絵画と本件各原画との間には一見して明らかな相違点があり、これらの相違点は、エルミア・ド・ホーリィが作為的に盛り込んだのであり、エルミア・ド・ホーリィは、原画に似せることを主眼としておらず、同人自身の作品として流通させる目的で本件各絵画を描いたとか、本件各原画の著作者の署名の存在は本件各絵画が本件各原画の複製物であるか否かを判断する上で決定的な意味を持たないというべきであるとか、本件各絵画は、本件各原画の持つイメージ、雰囲気を全く別に作り変えており、本件各原画の二次的著作物にも当たらないというべきであるとか主張する。

しかし、前記認定説示のとおり、エルミア・ド・ホーリィの主観的意図はいずれにあるにせよ(エルミア・ド・ホーリィが本件各絵画自体に自己の署名をせず、本件各原画の著作者の署名を記載し、自己の署名は本件各絵画の裏側にしかも鉛筆という容易に消去することができる方法で記載したことに照らしても、同人の本件各絵画の著作の意図が控訴人主張のとおりであったと認めるのは困難であるが、この点をさておくとしても)、あるいは、仮に、本件各絵画にエルミア・ド・ホーリィ独自の創作性が加えられているとみるとしても、本件各絵画が本件各原画とは別個独立の著作物となったということはできず、本件各絵画は本件各原画の複製物ないし二次的著作物にとどまるものというべきである。また、本件各原画の著作者の署名の存在は、本件各絵画が本件各原画に依拠していることを端的に示しているというべきである。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

6  八枚目裏一〇行目から九枚目表四行目まで〔同上、四五頁四行目から七行目まで〕を次のとおり訂正する。

「 そこで、これを本件についてみるに、前記二で認定説示したとおり、本件各絵画が引用に係る本件各原画を明瞭に区別し、これを従たるものとして引用しているということは到底できない。

四  控訴人は、本件各絵画が出回ることで本件各原画の評判が高まり、その価値が上がることはあっても下がることはないとか、本件各絵画を本件各原画の複製物として購入することも考えられず、本件各絵画が本件各原画の著作者の権利を侵害するものということはできないとか、このような絵画を取締りの対象とすることは、著作権法の目的に反するものであり、鑑賞者の判断、市場の評価によって淘汰、選別されるべきものであるとか主張する。

しかし、前記二、三で説示したとおり、本件各絵画が著作権のうちの複製権ないし翻案権を侵害するのであり、本件各絵画が出回ることで本件各原画の評判が高まるか否か及び本件各絵画を本件各原画の複製物として購入することが考えられるか否かはその著作権侵害の有無の判断を左右するものではなく、また、著作権法は、著作者等の権利の保護を図ることを目的としているのであるから、本件各絵画のような著作権侵害物件を輸入しないように積戻しを命ずることは、まさに著作権法の目的に適うものというべきである。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

7 九枚目表五行目〔同上、同頁八行目〕「四」とあるを「五」と訂正する。

二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田耕三 小田八重子 中村也寸志)

物件目録

一 種類 油絵

著作者 エルミア・ド・ホーリィ

署名 ボナール

題名 Boy sitting in chair eating

但し、別紙図面一1記載の絵画

二 種類 油絵

著作者 エルミア・ド・ホーリィ

署名 ブラマンク

題名 A villageroad and dark sky

但し、別紙図面一2記載の絵画

三 種類 油絵

著作者 エルミア・ド・ホーリィ

署名 ピカソ

題名 The clown-like woman

但し、別紙図面一3記載の絵画

原画目録

一 ボナール筆「FEMME AU PEIGNOIR ROUGE」

但し、別紙図面二1記載の絵画

二 ブラマンク筆「風景」

但し、別紙図面二2記載の絵画

三 ピカソ筆「女の顔」

但し、別紙図面二3の絵画

別紙図面一

別紙図面二

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